事務作業が少しずつ重くなっていく状態に、はっきりしたきっかけがあることは、あまり多くない。
急に忙しくなったわけでもない。
急にミスが増えたわけでもない。
ただ、確認することが増え、考える場面が増え、その流れのまま仕事が積み重なっていく。
気づくと、「これ、どうなってたっけ?」と聞かれたときに、すぐには答えられなくなっている。
書類はある。
Excelも残っている。
でも、どこを見ればいいかは、自分の中にしか残っていない。
そのとき頼りになるのは、結局、自分の記憶だ。
「たしか、この時はこうだったはず」
「前回は、このやり方で問題なかった」
間違っているわけではない。
実際、それで仕事は回ってきた。
ただ、説明しようとすると、少し言葉に詰まる。
誰かに引き継ぐほどでもない。
わざわざ整理し直すほどでもない。
だから、そのまま進めてしまう。
すると、判断の根拠や流れは、ますます自分の中に溜まっていく。
この状態が続くと、仕事は自然と「属人的」になっていく。
特別なスキルを使っているわけでも、難しい判断をしているつもりでもない。
ただ、その仕事の背景を知っているのが、自分だけになっていく。
忙しいときほど、この状態は加速しやすい。
立ち止まって整理する余裕がないまま、次の案件、次の処理が始まる。
そのたびに、「自分が分かっていれば大丈夫」という前提が、少しずつ積み重なる。
この状態がすぐに問題になるわけではない。
今日の仕事は終わるし、来月もたぶん回る。
ただ、何かあったときに、説明するのが大変になる。
あるいは、自分がいない前提で考えると、少し不安になる。
この不安は、能力が足りないから生まれるものではない。
怠けているからでも、整理が苦手だからでもない。
事務作業の中に、判断や思考が自然と入り込み、それを残す場所がないまま進んでいる。
ただ、それだけのことだ。
だから、「自分しか分からない仕事」が増えていくのは、特別なことではない。
むしろ、仕事がちゃんと回っているからこそ、起きやすい状態なのかもしれない。
この先、事務作業をどう扱うかを考えるとき、いきなりやり方やツールの話に進む前に、一度立ち止まって考えてみる価値はある。
今、事務作業の中で、どこまでが作業で、どこからが判断なのか。
こうした感覚は、事務作業全体を見直す中で、少しずつ整理できるものかもしれません。
その境目が、少しずつ曖昧になっていないか。

